裸の言葉隠さずさらす

そこからはじめよう

スピッツの「雪風」を聴いて思ったこと

スピッツの「雪風」の歌詞を解説しているブログを見て自分も書いてみたくなったので
聴いている時に思ったことをそのまま書こうと思いました。
「裸の言葉を隠さず」さらしちゃいますのですいません。
ファンなので、絶賛が前提ですが、何か?


まずは歌詞を


〝まばゆい白い世界は続いてた また今日も巻き戻しの海をエイになって泳ぐ
じゃれあってぶつかって大笑い 割れた欠片と同じ物を 遠い街まで 探しに行ったね

すごく懐かしいだろ? 可愛らしいだろ?
あの日の温もり よみがえる
これでいいかな? ダメって言うかな?
雪風の中 問いかけてみる〟


ということで早速、自分なりの解釈を


“まばゆい白い世界は続いてた”

は、絶望して死んだように生きていても
また朝がきて目が覚めれば嫌でも目入ってくる眩しいような世界とか
誰かのことについての思い出
のこと
ずいぶん暗い考え方だけど、、



“巻き戻しの海”

は、いまだに波がそうしか見えないような気持ち
過去を巻き戻して繰り返し思い返すことしか出来ていない心の喩え



私(も)水族館で見るときにはエイとマンボウが好きです♪



上半分(上半分って..)はいつもの草野節的なぶつかって笑うとかじゃれあって笑うとか弾けて笑うみたいな感じ
そのあとの
懐かしいだろ? 可愛らしいだろ?辺りはこれまた草野節キュンキュン的で
どういう気持ちなのかな草野さんの兄的視点なのかなと勝手に考えは膨らむ=すごく愉しい
という個人的パターン


これでいいかな? ダメって言うかな?
ってなんだよ!
やめてくださいよね
そういう感じの言葉を入れてくるの、、
これは七色というか玉虫色というかもう
色々な気持ちに一度にもっていかれるひっどい言葉、ひっどいよ
すごくすごく、すごく、すごくいい意味でこっぴどい


この歌詞はどういう感じにもとれるようにはなっているけれど
恋愛的な要素はあまり感じずに聴きたい個人的には
そういう軽くて楽しい、じゃれあうだけではなくなってしまったんだみたいな感じが全体的に強いから
強いからね


ーーーーーー〰〰。



〝現実と離れたとこにいて こんな風に触れ合えることもある
もう会えないって 嘆かないでね

お願い夢醒めたら 少しでいいから
無敵の微笑み 見せてくれ
君は生きてく 壊れそうでも
愚かな言葉を 誇れるように

涙が乾いてパリパリの 冷たい光受け立ち上がれ
まだ歌っていけるかい?〟




現実と離れたとこにいて こんな風に触れ合えることもある
なんてもう言葉そのままの
感激的な表現



“愚かな言葉を誇れるように”

は、悲しいことがあった時に人の中の毒々しい部分が洗い流されたような、その時は無くなったように思っていても
それでも生きていればまた考えはじめてしまう人間の愚かに思える考えの数々とか言葉の数々(笑)
ここは(笑)でいいでしょうね多分

でも
愚かな言葉が生きている証なんだよ、と草野さんに言われたら、どう?(言ってないけど)
泣きそうになるね、あの声だと


“冷たい光”

は、白い世界の雪風なら雪の冷たいだろうと思うけど
冷たい、けど、光、ということで、すぐでてきたのは
「小さな生き物」の中の
臆病な背中にも等しく雨は降るというフレーズ
冷たいけど光というのがかろうじて生きていこうとする気持ちの喩えみたいな
世の中でも自分の中ででも絶望と希望、闇と光が
世界には全てが背中合わせで存在する、ということの喩え
ちょっとズレたかな


下半分(下半分って..大雑把な)はすごく直接的に語りかけているような詩だけど

さらに最後の一行になると
まだ歌っていけるかい?って、歌って?いけるかい?て聞くから
誰かに聞いているのか
スピッツの歌でよく思うことのある
自分に向かって言っているんだったのかな?って
思うことにして終わらせるみたいな感じ個人的に
ふ~ん、へ~そうなんだ~って終わらせてまた聴く=一生やっていられるリピート


にしてもこの曲はなんかめちゃくちゃ懐かしいんですけど
スカーレットがドラマの主題歌で流れてた頃を一瞬で思い出す感じがしてそれだけで泣ける
あーあ


ずいぶんはしょりましたがこの辺でm(_ _)m
さようなら